1974年 瑞陵高校入学
高校はとっても自由な校風で、変わった子もいっぱいました。
誰とも喋らず、カバンで周りを囲って黙々と勉強をする子、あまり勉強をしないで、運動から音楽、生徒会活動を活発に行い、それでいていつも学年のトップという秀才、カビだらけのユニフォームを着てラグビーに励む子、女装趣味の子、等々。
高校でも陸上部に入りましたが、あまり練習熱心ではなく、たいした実績は残せませんでした。
もっと真面目に練習をすればよかったなと悔いが残ります。
それでも、400mリレーでは、後輩に100mが10秒台というとんでもなく早い子がいて、そのおかげで名古屋市の大会で上位入賞することできました。
3年生になり、いよいよ進路決めです。この時は小学校で気付かされた線を書くことが好きということと、新聞広告でよくマンションの間取り図が載っていますが、それを見るのが好きだったという単純な理由で建築学科に進むことを決めました。